「3年前は、『ついに日本にもIRが作られるのか』と胸が躍ったものです。しかし、今では本当に世界に誇れるようなIRを作ることができるのか不安ですよ」
そう苦笑交じりに話すのは、自治体や為政者とともにIR誘致を推進してきた関係者だ。3年前とは、2018年7月、カジノを含む統合型リゾート(IR)実施法(正式名称は「特定複合観光施設区域整備法」)が成立したときのこと。横浜市や大阪市をはじめ、さまざまな自治体が「我こそは」と熱を帯び、IR誘致合戦の火蓋は切られた。
ところが、ようやく国から開業の認可を受ける自治体が決まるのは、来年の夏以降。大本命と目される大阪ですら、順調に進んだ場合、2023年に着工2029年の開業と言われている。つまり、いまだ手を挙げたものの中から、誰がIRをやるのかは決まっていない状況にある。IR実施法が成立した当初よりスケジュールが遅れているため、冒頭のような嘆きが聞こえてくる始末なのだ。
日本のIRは、これまでにも紆余曲折があった。もとを正せば、石原慎太郎氏が都知事を務めていた時代、実に1999年~2000年の「お台場カジノ構想」まで遡ることになる。その後、2010年に民主党の古賀一成衆議院議員を会長とする超党派がIR議連(国際観光産業振興議員連盟)を立ち上げたことで、カジノIR構想は本格化していく。この時代から、それまで耳慣れなかったIRという言葉が使われるようになる。
IRとは、「Investor Relations」の略語を意味する。すなわちカジノを含めた、ホテル、ミュージアム、レストラン街、娯楽施設、会議場、展示場などを一つの区域に集積する統合施設であり、訪日外国人観光客の増加を目指す観光振興政策である。
膨れ上がる国の借金(今もだが)、そして観光立国としてのプレゼンスを向上させる、そういった要素に鑑みて、年間の経済効果数兆円とも言われるIRを日本経済の起爆剤にすべし― 、そうして政官財の有志が立ち上がったというわけだ。
前例がある。2000年代前半にSARS(重症急性呼吸器症候群)の影響もあり、観光客が激減したシンガポールは、当時のリー・シェンロン首相が国を挙げてIR開発を発表した。5年後の2010年、同国は「リゾート・ワールド・セントーナ」と「マリーナ・ベイ・サンズ」の二つのIRを誕生させる。その結果、誕生前の09年と誕生後の14年を比較すると、外国人旅行者数60%増、外国人旅行者の旅行消費額86%増(うちエンタテイメント関連は158億円→4586億円と2080%増)、国際会議の開催件数23%増。IRが牽引した効果は絶大だった。
こうした成功例を「ここ日本でも」と、2010年代から声高に叫ばれたのだが、IRの一部であるカジノの是非をめぐって甲論乙駁が繰り返され、ようやく2016年にIR推進法案、そして2018年に実施法が公布されるにいたる。これにより、カジノへの日本人の入場料は6000円、IR区域認定数などが明記され、誘致を見据えた自治体からの提案募集・事業者選定などが開始。「お台場カジノ構想」から数えること約18年。ようやくスタートラインに立ったということになる。
IRがもたらす経済効果
日本にIRが誕生すると、莫大な経済効果が得られると言われている。米投資銀行のユニオン・ゲーミング・グループは、もし東京にIRがオープンした場合、「年間100億ドル(約1兆140億円)規模の売上が見込める」と予測しているほどだ。また、経済効果だけでなく雇用促進の面から見ても起爆剤となりえる推進力を持っている。
オックスフォード・エコノミクスが、2015年に発表したレポート「Beyond 2020:統合型リゾート(IR)の実現がもたらす日本の観光業の発展及び経済的インパクト」によれば、東京圏および大阪圏にそれぞれIRが1カ所ずつ建設されると想定した場合、雇用の創出はIRおよびその付随施設のみで東京圏で34500人、大阪圏で26000人と算出されている。
実際問題として、東京都の23区とほぼ同じ面積であるシンガポールでは2つのIRが2010年に開業したが、4年後の2014年発表時点で、「リゾート・ワールド・セントーサ」の直接雇用14000人、間接雇用35000人、「マリーナベイ・サンズ」の直接雇用9000人(間接雇用は未発表)というように安定して雇用の創出を実現している。